「ことばが話せない=伝えられない」ではありません
子どもがなかなか話し始めない。言葉で気持ちを伝えるのが難しい――
そんなとき、親としては「このままずっと話せなかったら…」と不安になるかもしれません。
でも大丈夫です。
話す力が育っていなくても、気持ちや考えを伝える方法はあります。
それが、「AAC(拡大・代替コミュニケーション / Augmentative and Alternative Communication)」です。
この記事では、オーストラリアでスピーチセラピスト(言語聴覚士)として働く筆者が、AACの基本をわかりやすく解説します。
AACとは?補助代替コミュニケーションの意味
AAC(Augmentative and Alternative Communication)とは、話すことが難しい人が気持ちや考えを伝えるためのサポート方法のことです。
- Augmentative(補助的):ことばを補う
- Alternative(代替的):ことばの代わりになる
つまり、「ことばの発達を助ける」または「ことばの代わりになる」コミュニケーション手段の総称です。
AACの具体例|High Tech・Mid Tech・Low Techとは?
AAC(補助代替コミュニケーション)にはさまざまな種類があり、使う道具の「テクノロジーのレベル」によって大きく3つに分けられます。わかりやすく以下、表にまとめました。
分類 | 特徴 | 例 | メリット | デメリット |
---|---|---|---|---|
Low Tech (ローテク) | 電源不要。紙や身振りなどシンプルな手段 | 絵カード、指差し、Yes/Noカード、ジェスチャー | 準備が簡単、コストがかからない、壊れない | 音が出ない、表現の幅が限られる |
Mid Tech (ミッドテック) | 単機能の電子機器で音声出力が可能 | 音声付きボタン、録音できるおもちゃ、トーキングタイル | 簡単に音声で伝えられる、設定がシンプル | カスタマイズの自由度が低い、故障の可能性 |
High Tech (ハイテク) | アプリやタブレットを使用。多機能で柔軟 | Twinkle AAC、Proloquo2Go、Grid 3など | 表現の幅が広い、成長に合わせて調整可能 | 導入に知識が必要、デバイス代がかかる |
Low Tech(ローテク):紙など最もシンプルな方法
ローテクAACは、紙や道具を使った電源不要のコミュニケーション手段です。特別なデバイスがなくてもすぐに始められるのが特徴です。
例:
- 絵カード(PECSなど)
- コミュニケーションボード(身近な言葉や絵をまとめたボード)
- 指差しやジェスチャー
- Yes/Noカード
🔸 メリット:すぐ使える、壊れにくい、導入コストがかからない
🔸 おすすめの場面:初期導入、外出時、学校や療育の現場など
Mid Tech(ミッドテック):シンプルな電子機器を使用
ミッドテックAACは、音声出力などの簡単な機能がある電子機器です。録音機能やボタン操作で使います。
例:
- ボイステープレコーダー付きスイッチ(例:「おはよう」と話すボタン)
- 音声出力付き絵カード(タッチすると音声が流れる)
- トーキングタイル(録音できるカードやデバイス)
🔸 メリット:音声で伝えられる、設定が比較的簡単
🔸 おすすめの場面:同じ言葉を繰り返し伝えたいとき、視覚と音声の両方で理解を助けたいとき
High Tech(ハイテク):タブレットやアプリを使った最先端AAC
ハイテクAACは、タブレット端末や専用アプリを使って多機能にコミュニケーションを行う方法です。自動音声出力やシンボル、文字入力など多彩な表現が可能です。
例:
- Twinkle AAC(iPhone・Androidで使える無料アプリ)
- Proloquo2Go(有料アプリ)
- Grid 3(視線入力にも対応する高度なソフト)
🔸 メリット:表現の幅が広く、本人の発達段階に合わせて柔軟に調整できる
🔸 おすすめの場面:日常的に多くの表現を必要とする場合、NDIS支援のもとでの活用など
どのタイプを使うかは「その子に合ったもの」が大切
AACはテクノロジーの高さで優劣を決めるものではありません。使用するお子さんとその家族が「使いやすい」「伝えやすい」と感じる手段を選ぶことが何より大切です。場合によっては、Low TechとHigh Techを組み合わせて使うこともあります。
AACは誰のためのもの?
AACは、発達障害や知的障害、脳性まひ、言語遅滞、ダウン症、聴覚障害、難病など、話すことに困難があるすべての子どもや大人が対象です。
特に、発語が遅れているけれど「理解力はある」「言いたいことがある」子どもにとっては、AACは「ことばを育てる第一歩」になることがあります。また、構音障害などでうまく相手に言いたいことが伝わらないお子さんも一時的な手段としてAACを使うことがあります。
AACの効果|子どもへのポジティブな影響
- 自分の気持ちを伝えられるようになる
- 「これ開けて」「もっと欲しい」などが自分の力で伝えられる
- 癇癪やパニックの軽減
- コミュニケーションができるようになることで、ストレスが減少
- 社会性の発達をサポート
- お友達とのやりとり、先生とのやりとりを通してつながりを深める
- 言語発達そのものを促す
- AACを使うことで「話す力が伸びなくなるのでは?」と不安に思う保護者の方もいますが、実際にはその逆です。研究によると、AACの導入は発語や言語発達を妨げるどころか、むしろ促進することがあるとされています(Millar et al., 2006)。
よくある質問(FAQ)
Q. AACを使うと話さなくなってしまうのでは?
➡ いいえ、実際にはその逆です!上にもあるように、AACの導入により発語や言語発達が促されたという研究が数多くされています。
こちらの記事で参考文けをさらに紹介しています。
▶︎【初心者向け】Twinkle AACのシンボル機能とは?絵カードで子どもの「伝えたい」を引き出す方法
Q. いつから使えるの?
➡ 年齢に関係なく、「伝えたい気持ち」があるタイミングで導入できます。1歳半〜3歳ごろから始める子も多くいます。
Q. オーストラリアではどんなサポートが受けられる?
➡ NDIS(国家障害保険制度)を通じて、AAC機器の購入やスピーチセラピストによる指導が受けられます。詳しくはスピーチセラピストやサポートコーディネーターに相談してみてください。
AACは「ことばを諦める手段」ではなく「ことばを育てる道具」
AACは、話せない子どもたちが「伝えること」を学び、自分らしく生きていく力を育てるコミュニケーションのツールです。
スピーチセラピストとして、私が多くのご家族と関わる中で一番強く感じるのは、
「ことばが話せなくても、この子にはちゃんと伝えたい気持ちがある」
ということです。
その気持ちに応える手段が、AACです。
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